よいコーヒーの定義の話と、好きなコーヒーを飲めばいいという話

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基本的に、飲むのなら、よいコーヒーを飲むべきです。

では、よいコーヒーは一体何なのでしょうか。

一般的に「よいコーヒー」の軸は二つ、コーヒー豆そのものの質と、「3たて」

コーヒー豆そのものの質、というのは文字通りの意味で、要するに「スペシャルティコーヒーであるか否か」

スペシャルティコーヒーとは、1978年にフランスの国際会議で提唱された概念で、特別な気象条件によって育てられたユニークな香りをもつコーヒーのことです。……具体的な定義の話になると、実は、各国や各団体によって微妙に異なっており、厳密に統一された定義があるわけではありません。

スペシャルティコーヒーに対義する言葉としては、「コモディティコーヒー」があり、こちらは、一般的なコーヒーのことを指します。

ざっくりいうと、高級品かそうでないか、という違いです。

もう一つの違い、「3たて」というものは、新鮮なものかどうか、という軸です。「3たて」には3つの要素が含まれています。

煎りたて

焙煎されてから日がたっていないこと(一般的には2週間から1か月以内といわれています)

挽きたて

コーヒー豆をミルで挽いてから時間がたっていないこと(コーヒー豆をミルで挽いて粉にすると、表面積が増えて、コーヒー豆の酸化が早くなります)

淹れたて

コーヒーを淹れる(方法はドリップでもエスプレッソでもなんでもいいです)その液体ができてから時間がたっていないこと

の3つです。

ざっくりまとめると、高級かどうか×新鮮かどうか、というのがよいコーヒーの条件と言われています。

ここで“反論”をしてみる

よいコーヒーを飲むべき、よいコーヒーとは高級かつ新鮮なコーヒー、という話をしていて難なんですが、僕はそこにあまりこだわる必要はないと思います。

まず、高級かどうか、スペシャルティコーヒーの話からしてみましょう。

確かに、スペシャルティコーヒーは優れています。独特の香味、農園ごとの香りや、味、豊かな酸味はコモディティコーヒーでは味わえないものですし、まずもって、生豆(コーヒーの果実の種です、コーヒー豆って実は豆じゃなくて種なんですよ)の精製度が高く、欠点豆(虫に食われたり、変形したり腐ったりした豆)がコモディティコーヒーに比べ、明らかに少ないです。

では、適当な焙煎が施され、かつ古くなったスペシャルティコーヒーと、欠点豆をしっかり取り除き、適切な焙煎が施され、新鮮なコモディティコーヒーを比べたらどうでしょうか?

また、スペシャルティコーヒーは品質が高いだけあって、相応に高価です。

コーヒーは好きだけど、スペシャルティコーヒーとコモディティコーヒーの価格差ほど味の差を感じない、という人がいても、僕は「おかしい」とは思いません。

新鮮かどうか、についてですが。

煎りたてについて考えてみましょう。

さすがに、焙煎してから、半年も一年も経ったコーヒーであれば、違いはわかると思います。とはいえ、二週間とか一か月とかのコーヒーの違いは、僕にはわかりません。そもそも、焙煎したて、とはどれくらいが焙煎したて、なのでしょうか。

また、焙煎度が深い豆だと、長持ちしやすい傾向があり、ある程度は焙煎の仕方で改善することができます。

あまりにも煎りたてすぎると、それはそれで美味しくないので、単純に煎りたてでさえあればいい!という話ではないのです。

挽きたて、についても同じです。

さすがに一週間も経った豆だと、大分味が変わってくるのですが、もしかしたら何も考えずに飲んだら気づかないかもしれません。

それはさすがに、「お前が適当すぎるだけだろ!」と言われそうですが、1時間だったり、1日経った粉を考えてみてください。完全に目隠しされた状態で、同じコーヒー豆の、挽いてから1分の豆、1時間の豆、1日の豆を味で区別できますか?自分には自信がないです。

最後に淹れたて。

そりゃあ、さすがに淹れてから、3日4日たったら、飲むのは怖いですよ。カビ生えてそうですし。

でも、常識的な範疇だったらいいと思います。

コーヒーが冷めてくることでわかる違いというのもあります。

なので、好きなコーヒーを飲めばいい

……というのは、ちょっと勢いが良すぎますね。

自分が許容できるバランスはどのあたりなのか、を少しずつ探っていこうよ、ということを言いたいです。

コーヒーにこだわって、おいしいコーヒーを飲もうとする、というのは、単純に一つの道を突き詰める以外にもあるはずです。

おいしいコーヒーを飲もうとして、スペシャルティコーヒー、高級なコーヒーだけを飲もうとして、生活が苦しくなったら本末転倒です。

おいしいコーヒーを飲もうとして、「3たて」を厳密に守ったコーヒーを準備するのに時間と手間がかかりすぎて、コーヒーを気軽に飲むことができなくなったら、コーヒーを飲む時間が苦しくなったら、つらくなったら、本末転倒です。

楽しい時間、リラックスした時間、そういうもののためにコーヒーを飲むのであって、コーヒーのために、本来リラックスしている時間が、苦しいものになってしまうのは、僕は違うと思います。