コーヒーのフォースウェーブ(第4の波)はコミュニズムかダイバーシティか

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昨日、コーヒー焙煎機のサブスクリプション、Bellwether Coffeeについて書きました。

最近はやりのサブスクリプション(月額課金)モデルの波がとうとうコーヒー焙煎機にまでやってきたようです。 Bellwether Cof...

この記事の末尾をこう締めました。

その究極の目的は、中間業者にとどまらず、生産地からカップまでのプロセスから、人間の手を廃することでしかないはずです。
フォルジャーズ:ファーストウェーブ、スターバックス:セカンドウェーブ、ブルーボトル:サードウェーブ。そして、フォースウェーブ(第4の波)。
ポスト・ブルーボトルのフォースウェーブとは、生産地からカップまでのプロセスに人間の手が入るところを廃すること。そして、それが、カフェのありかたにどういう変化をもたらすのか、というものになるはずです。

今日はその、カフェのありかたにもたらす変化について書いていきたいと思います。

僕の中にふたつのモデルがある――悲観的なやつか、楽観的なやつか

個人的にこのテーマについて考えると、未来は二種類かな、と思います。

悲観的なシナリオ(共産主義)か楽観的なシナリオ(ダイバーシティ)か。

AIはどうしようもないコーヒーの均一化を実現するのでは?

さて、AI/IoTによるコーヒー革命。すなわち、AIがどんな人間の職人も及ばない最高のコーヒーを作り上げられるようになったとしましょう。

それが実現するのは、すべてのコーヒーが本質的に同じものでしかない均一化されたコーヒーの世界に他なりません。

どういうことかといえば、今現在、コーヒーの評価の軸は、美味しいコーヒーかまずいコーヒーか。高いコーヒーか、安いコーヒーか。エシカル(倫理的)なコーヒーか、そうでないコーヒーか、というようなものになると思います。

しかし、AI/IoT化が進んだ将来のコーヒー界隈から、エシカルでないコーヒーは完全に根絶されるはずです。

なぜなら新興国も持続的に経済発展を続けているからです。

昔の話です。日本においても非人道的な労働環境がまかり通っていました(今もまかり通っているんですが、それでも昔に比べれば隔絶されたものがあるでしょう――そんな進歩してないような気も以下略)。たとえば、炭鉱では筆舌に尽くしがたい地獄のような環境で労働が行われていました。

また戦前などでは普通に児童労働などが行われていましたが、現在の日本においては、そういうものは非人道的として行われてはいません。

しつけで何度も子どもをたたいたりなども普通に行われていました。子どものしつけの一環でしかなかったものが、今では虐待となっています。

職場における暴力や差別的な発言、セクハラなども、かつてはそんなにたいした問題として扱われていませんでしたが、今ではそれらに対する世間の目線は冷たいものになっています。

いまだにブラック企業などはありますが、それらも全盛期に比べると大分数を減らしたのではないでしょうか。

このように、進歩・発展をしていくなかで、社会の倫理や道徳というものも姿を変えて、より高い次元へと進歩しています。

そう考えると、AI/IoT化が実現した将来のコーヒーにおいて、エシカルでないコーヒーが生き残る余地は残っていないはずです。

さて、そうなると残るは、高いか安いか、うまいかまずいか、というものになります。

AIがコーヒーを作るようになれば、たとえどんな価格帯のどんなコーヒーであろうと、それこそ缶コーヒーであろうと、コンビニコーヒーであろうと、AIが自分好みに作ってくれるようになるはずです。

自分がどんなコーヒーが好きなのか、という過去のビッグデータを解析して、その日の体調をつねにモニタリングしているウェアラブルデバイス(AppleWatchとか)のデータも参照しつつ、AIはその価格帯に許されるコーヒー豆を最大限に活用してその人がその瞬間もっとも美味しいと感じるコーヒーを作るはずです。

それはつまり、どんなコーヒーであっても、本質的にはまったく同じものでしかありません。違いはついている値札でしかない。

それは一種のコミュニズムやファシズムのような、強制された画一性を感じる光景だと思うのです。

人間の能力を超えた生産能力があれば、かつては手の届かなかった地点に手が届く

もちろん、こうも考えられます。

今まで人間がやっていたのでは、到底実現できなかったこまかなパーソナライゼーションが、AI/IoT化によって実現できる。

AIが作る、一番美味しいコーヒーと一言で言うが、その内実は、一杯一杯違う味の違うコーヒーのはずだ、と。

ライフスタイルや働き方が目まぐるしく変化する時代に、もっとコーヒーも自由で在りたい。好きなときに、好きな場所で、自分だけの味わいを、ボト...

このカスタム性が極限まで実現されたものが、AI/IoTによるコーヒー革命のはずです。

それはつまり、均一性とはかけ離れたところにあるとも言えます。

今まで以上多彩なコーヒーが多彩な形で飲まれる時代の到来です。

AIが簡単に最高のコーヒーを作ってしまうからこそ、自分の手でやることに価値がある

逆にこうも考えられます。

AIがその人その人に特化した最高のコーヒーを簡単に作ってしまうからこそ、自分の手でやることに意味があるのだ、と。

モノ消費からコト消費へと移り変わっている、と言われて久しい現代社会です。

AIが簡単にいいモノを作ってしまうからこそ、自分の手で作り上げたというコトに価値を見いだすというのはそんなに変なこととは思いません。

現在でも、コーヒーの焙煎工場の見学――生産のプロセスを見てもらうことでのブランディングが行われています。

有名な珈琲屋さんである堀口珈琲さんが、今月の3日から、横浜にあるロースターの一般向け見学会を開始しました。 日経新聞の日経クロストレ...

また、カフェなどでも焙煎の体験会などが普通に行われています。

自分の手で、自分のコーヒーがどういう風に作り上げられていくのか、そのプロセスを体感することには、AIが決して実現できない価値があるはずです。

今でも、コーヒー専門店のなかには特異なこだわりをもっている人がたくさんいます。

たとえば、オールドコーヒー。

これはAIが決して適応できない世界でしょう。

なぜなら、データとよべるデータがまったくない、通用しないところです。

ただでさえバラツキのある、農産物であるコーヒー豆の、さらにそれぞれの熟成の具合による変化。何一つとして同じものが存在しません。

それこそ、狂気じみた情熱をもって、打ち込んできた人間だけが作り上げられる領域です。

逆にAIが簡単においしいコーヒーを作ってしまうからこそ、今現在はあまり日の当たっていないニッチな領域がにわかに脚光を浴びて、その価値が再認識される時代が来ます。

AIによる画一的なコーヒーの世界がコミュニズム、ファシズムの世界だとすれば、AIが登場したことによって、今まで日の当たらなかったニッチな世界が浮き彫りになっていくことは、ダイバーシティ、多様性の世界でしょう。

ファーストウェーブ、セカンドウェーブ、サードウェーブ。

コーヒーの世界の進化は常に多様性をこそよしとしてきた歴史です。

僕としては、フォースウェーブで画一性をよしとするところに逆戻りせずに、もっともっとコーヒーの多様性を認める世界であって欲しいと強く願っています。

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