これから重要なのは「まずいコーヒーを飲むにはどうすればいいか」

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ちょっと書きたいことがあったのですが、いろいろあって書けなかったので、だいぶ前の話になってしまいますが、今回書きたいのはこれについてです。

コーヒーのランクを下げると、人はもっと幸せになれる

いやいや、「お前は何を言っているんだ」と思った人がいるかも知れませんが、個人的には、この記事、結構大きな示唆を含んでいると思います。将来のコーヒー業界について。

「コーヒー代の節約」や「アップグレードモデルへの抵抗力をつける」ということではなく、将来的には、こだわって自分で淹れるコーヒーは「まずいコーヒー」になる可能性があるからです。

最近、AIについて聞かない日はないくらい、AI技術の応用が取り沙汰されています。

このAI技術が、コーヒーに用いられたらどうなるでしょうか?

おそらく、AIは人間のコーヒー職人よりおいしいコーヒーを淹れられるのではないでしょうか。

何故なら、コーヒーAIは、瞬時に膨大なデータ(豆の特性や、かつての評価、焙煎の結果、気温湿度が焙煎にどう影響するかの記録)にアクセスし、センサーと直結しているからです。

少なくとも、囲碁や将棋で、最新のAIがトッププロを圧倒してしまう現在、将棋や囲碁でできることが、コーヒー焙煎・抽出でできない、と考えるのはあまりにも楽観的と言えるでしょう。

これらのコーヒーAIは、いわゆるビッグデータから、個人個人に最適化された(その人が好むコーヒーの味を作るにはどういう豆を使い、どういうブレンドを行い、どういう抽出を行えばいいのか)コーヒーを簡単に作れるようになるのではないかと思います。

コーヒーAIが簡単に「最上級のコーヒー」を作り出せるようになったとき、人間が自分の手で作るコーヒーというのは、相対的に「質の悪いコーヒー」へと転落することになります。

そうなったとき、「わざわざ人間が手間をかけてまずいコーヒーを作ることの意義はなんなのか」ということに、僕らコーヒーマニアやコーヒー業界人は直面するのではないでしょうか。

その問いに対する、重大な示唆をこの記事は含んでいるのではないか、と思ったので、この記事について書きたかったんですよね。

ここまで書いた以上、もう少し書いちゃいますが、個人的にコーヒーのフォースウェーブっていうのは、「意志」の話なんじゃないかと思います。

AIが簡単に人間以上のコーヒーを作る。

なのに、人間がコーヒーを作ることの意味はなんなのか。

そりゃあ、やりたいからに決まっているでしょう(笑)

というわけで、「コーヒーについての情熱」というものが重要な時代になっていくのではないかと思うんですよね。

まだまだフォースウェーブについて考えるような時代ではないですけど。

話の軸がちょっとぶれつつあるので、戻りますが。

そういうわけで、「質の悪いけどまずくないコーヒー」を探すこと、その手探りの探求、それは実はけっこう大事なことなんじゃないのか、とそう思います。

もしかしたら、そこに新たな世界はあるかも知れません。